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時代はプリンスを求めていない

お一人様で『マレフィセント』を観て来ましたよ。
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以下雑記(ネタバレを含みます)

  • アナと雪の女王』よろしく男性諸君は記号程度の意味しか持たない。
  • 眠れる森の美女』ではドラゴン(=マレフィセント)を倒し、真実の愛のキスでヒロインを蘇生させる英雄フィリップ王子だが、今作では全く戦わない。もはや彼は、他の登場人物によって使用される「運命の人」という名のキーアイテムでしかない。
  • そしてこのキーアイテムも実は全く役に立たない。演じる俳優こそイケメンだが、そのキスシーンはどこか幼稚で滑稽で、肝心のヒロインの蘇生にも失敗し、妖精たちには「ヘタクソ!」と罵られる噛ませ犬である。
  • 国王に即位した後のステファンの扱いも同様で、もっと彼の苦悩や葛藤にフォーカスして描いても面白かっただろうが、「この映画ではその辺は全然重視してないので適当な描写だけで割愛してます。各自脳内補完よろしくね。」という作り手の声が聞こえてくるかのような雑っぷり。狂った様に鉄製の武器を作らせるその姿は暴君というよりもブラック企業の社長のようだ

ディアヴァルがマレフィセントの「ナイト」

マレフィセントが使役するカラス。彼だけは唯一まともな男性の登場人物として描かれており、命を救ってくれた主人(マレフィセント)の為に命を懸けて忠誠を尽くす姿は「ナイト」としてのパラダイムを忠実に踏襲している。本来のカラスの姿で諜報活動を行い、幼いオーロラをあやし、遊び相手になってやり、人間の姿でマレフィセントの相談相手となり、馬の姿では翼を失ったマレフィセントの足となって城まで駆け、国王率いる兵士たちとの最終決戦においてはドラゴンの姿となってマレフィセントのピンチを救う。そこには「ナイト」に求められる自己犠牲の美学がある。

マレフィセントは基本的に自由

彼女の行動原理は全て自身の感情・欲望を達成させることであり、他人や祖国(妖精の国)への忠誠心ではない。

  • 翼を失う前に人間の侵略から妖精の国を守っていたのは単純に平和を乱されたくないという個人の意思だと思われる。
  • 邪悪な心を持った後にオーロラに呪いをかけに来たのも、好奇心や単なる嫌がらせの類のようだ。強い意志や確固たる復讐心を持って呪いをかけに来た、という感じではない。
  • すさまじくツンデレ
  • クライマックスにおいて、生きている限りオーロラを守るという愛を語るが、それは自己犠牲的な愛情ではなく、自身の中に芽生えた母性に因るところが大きい。
  • 最終決戦時、既に直前のシーンでオーロラは蘇生しているので、実はマレフィセント側には国王と闘う理由もなければ、国王を殺す動機もない。いわば正当防衛で戦っているだけである。
  • 要するに気分や状況、その場のノリで動いている為、その意志は物語全体を通して移り変わり、前半と後半では真逆になっていたりする。しかし決して支離滅裂というわけではなく、場面ひとつひとつを切り取ってみれば、その時点での意志に従い強い行動力を持っている。

以上を総合し、アンジェリーナ・ジョリーの演技の説得力と相まって、マレフィセントという実に魅力的で不思議なキャラクターが生まれている。言葉そのものが矛盾するが、「アンチヒーロー」というジャンルにおける、むしろ正統派のド真ん中を行く主人公なのかも知れない。

兎に角、アンジーが美しいのだ。悪戯っぽく、それでいて色気のある笑みや、呪いをかけるシーンでの貫禄すら感じさせる悪役然とした邪悪な姿、一瞬で儚さを魅せる表情の移ろいは天才的である。最終決戦で翼が背中に戻り、ローブみたいな装束が吹っ飛ばされてパツパツのボディスーツ(キル・ビルみたいな格好)になるのだが、もうねスタイル良すぎてビビった。あの頭身と美脚のバランスは、残念ながら日本人には真似できない。誰も見たことない、想像したこともないマレフィセントの姿だった。

戦闘と魔術

予想以上にアクション映画だった。戦闘シーンの迫力は間違いなく見所のひとつ。そしてマレフィセント強過ぎる。翼を持っている頃の一騎当千ぶりは凄まじく、コードギアスのランスロットやガンダムSEEDのストライクフリーダム級のチートスペックを誇る。敵が何千何万だろうと一機で形勢逆転的なアレ。観ていてスカッとする。

翼を失ってから使う邪悪な魔術もぶっ飛んでいて、念力(サイコキネシス?)みたいな能力は指先の動きだけで王国の一個小隊を全滅させていたし、王女様や王子様を一瞬で眠らせた上、宙に浮かせたまま運んでみたり、ディアヴァルを自由自在に人間や馬やドラゴンに変身させることが出来る。

真実の愛

マレフィセントは若かりし頃にステファンと恋仲になっているにもかかわらず「真実の愛などない」と本気で思っている。一方で、愛とは男女が抱くもの以外に存在しないとも思っている。だからこそ彼女の中では、

真実の愛のキスで解ける呪い=絶対に解けない呪い

という図式が成立するのだ。

やはり「男女の愛」というパラダイムへの挑戦がテーマであることは言うまでもない。

以下、後日追記。

翼の意味を何となく考えていたので書いておく。かなり乱暴なこじつけ。雑記である。

子どもを得ること ≒ 翼を失うこと

  • 翼は自由の象徴であり、翼を持つ頃のマレフィセントは自由な女性である。
  • オーロラを匿うことになった3人の妖精のメチャクチャな子育てはネグレクトの象徴であり、それを影から支えるマレフィセントは本当の意味で子を育てる親である(幼少期のオーロラを演じているのは、アンジェリーナ・ジョリーの実の娘ヴィヴィアン・ジョリー・ピット)。
  • すなわち、翼を失くしたマレフィセントは母としての女性の姿である。

子どもの独り立ち ≒ 母は自由な女性へと戻る

  • オーロラの16歳の誕生日、国王に捕われていた翼はオーロラの活躍でマレフィセントの背中に戻る。
  • すなわちオーロラの成長・成人、独り立ちによってマレフィセントは母としての役目を終え、自由の象徴である翼を取り戻すことを意味する。
  • 同時に強い武器でもある翼が戻ったことで、マレフィセントは国王率いる王国軍と闘う力を取り戻す。

ファンタジーの「ナイト」≒ 現代版「イクメン」か?

  • マレフィセントがオーロラの養母として役割を持つ間、時を同じくして翼を失くしているという図式は、子育てをする女性の不自由さを象徴/代弁しているのか?と思った。
  • カラスのディアヴァルはマレフィセントに絶対服従し、その自己犠牲の美学はファンタジーの世界では「ナイト」のパラダイムであると上述した。
  • これは現代版でいうところの子育てをする妻を支える夫に求められる役割なのだろう。時代はプリンスを求めていないのである。