頬を刺す朝の山手通り

うーん。困った。
俺は今、地に足が着いていない。

昨日まで大学にいたのは本当に俺だったのだろうか。

入学して3週間以上になるが、大学は楽しい。
今までの人生でこれほど楽しい時間はなかった。
友達もたくさんできた。

しかし、その記憶はあるが、まるで実感がないんだ。
こうして家へ帰ってくると、何をしに出掛けていたのか分からなくなる。
自分が大学に行っていたという事実は「知って」いるのだが、その自覚がなくて曖昧だ。
誰かが毎朝早起きして登校し、授業を受け、友達と談笑し、オケ練に参加し、帰ってくる。
俺はそれを傍観していただけに思える。

家に帰り、鞄を下ろし、風呂に入る。
少し勉強する。
だらだらピアノを弾いて、眠くなれば寝る。
この辺は自覚もあるし、今まで通りの俺だ。

どうやら、もう1人、俺がいるらしい。

そいつは大学に通って友達を作ったり、クラス会の幹事をやったり、オケに入団したり、とにかく好き放題やっている様だ。
明らかに彼は俺ではない。
彼はこうして悩み苦しんでいる俺の存在を知っているだろうか。
それとも彼は、俺の存在を知らずに自分の方こそを本当の俺だと思っているのだろうか。

去年1年間、ほとんど自宅で過ごした俺が、今は1日平均9時間程しか在宅していない。
友達もそれほどいなかった。
急激な変化で自分を失いつつある様だ。

このまま続けていては、完全に自分が分裂してしまう。
もう1人の方の俺に食い殺されてしまいそうだ。