二十代よ、さらばだ。

30歳は、社会人は、サラリーマンは、もっと大人だと思っていた。
自分も大人になったら、大人になるんだと思っていた。

もちろん、自分が若いつもりはもうほとんどない。
自分が所謂「若い世代」にカテゴライズされる機会は思っていた以上に減った。

ただ、思い描いていた大人とも程遠い。
Nintendo Switchでモンスターを狩って、3DSでモンスターを捕まえて、ニコニコ動画を観て爆笑して、アニメの展開で毎週一喜一憂する日々だ。
20歳になったばかりの頃と、あんまり変わらないのが実際のところだ。

これは10年前の12月11日の、ちょうど今頃の時間に書いたエントリーだ。
結局のところ、これを書いた頃の自分といまの自分は然程変わっていない。
相変わらず、好きな漫画を訊かれたらジョジョと答えるし、好きな音楽を訊かれたらショパンと答えるし、好きなアニメを訊かれたらエヴァンゲリオンと攻殻機動隊だと答えるだろう。そういう感性は何一つ変わらない。

あの頃よく書いていた、長いエントリーを起こすことはなくなった。ブログの更新頻度も目に見えて落ちた。
書く時間がなくなったからだ。
自由な時間がないわけではない。20代前半の頃にブログやTwitterに使っていた時間を、他のことに使うようになっただけだ。

とはいえ自由に使える時間そのものは相当減った。併せて心の余裕もだいぶ減った。

代わりに、自由に使える金と空間が莫大に増えた。好きなことをしていい時の選択肢も何十倍に増えた。
大人の世界は実に住みやすいことを知った。便利で快適で完成された世界の平和を享受できる幸せを知った。

もちろん、それに比例して守らなければならないこと、息苦しいことも相当増えた。
大人の世界に自由は多いが、いい大人であるが故に守らなければならないルールも多いのだと知った。
資本主義と民主主義の名の下に完成された世界のシステムに組み込まれた一個人は、もはやヒーローを夢見ることは出来ないのだと知った。

そして、サラリーマンとは、平凡な生き方とは、つまりはそういうものなのだと理解し、受け入れて生きているのは事実だ。
その平和を甘んじて受けていることに確かな幸せを感じていることも事実だ。
繰り返すが、やはり、もう自分は若くない。

二十代よ、さらばだ。