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相対性理論

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幕が上がる [DVD]が発売日前日に届いていました。フラゲです。ちなみに現在はiTunes Storeでも購入/レンタルできるようになっています。

「無限の可能性」=「不安」

ネタバレなんですが、原作だと吉岡先生が辞めていった後、国語の授業で滝田先生から宮澤賢治と相対性理論の話を聴いて、さおりが台本の最後のセリフを変えるんです。セリフを書き換えるという経緯があるからこそ、高校生の現実とは何か、自分が本当に演劇にしたかったものは何かという答えにたどり着いて、覚醒するんです。映画だとこの辺があっさりし過ぎなんですよね。まあ、それでも本当に素敵な映画なんですがね。

結局のところ、高校生の現実とは、いじめでも社会問題でもなく、どうしようもない「不安」の正体なのです。

  • 無限の選択肢の中からひとつの進路を決めなければならない受験生の将来に対する不安
  • 無限の可能性を秘めた演劇の世界に飛び込んだ演劇部部長の不安
  • 地区大会突破すら経験したことのない演劇部が全国大会(≒宇宙の果て)を目指す不安

無限に可能性があるからこそ、不安なんです。これが重要です。

宇宙は無限である

相対性理論というのは「宇宙はどんどん広がっていく」というあれで、宮澤賢治の文学にも影響を与えた当時の最新の物理学でした。
これを知ることで、劇中劇の銀河鉄道の夜にも同じ構図が生まれます。

  • ジョバンニの「どこまでも行ける切符」は宇宙の果てまで行ける権利を持っている。
  • 「宇宙はどんどん広がっていく」とするならば、その果てを目指すジョバンニは無限の可能性を持っている。
  • (はっきりとは分からないが親友のカンパネルラはたぶんそれを持っていない)

やはり、無限の可能性を持っているからこそ、ジョバンニは不安なのです。そして、彼の不安は高校生のそれと一致します。
等身大の高校生なんて誰一人登場しない銀河鉄道の夜こそが本当の意味での高校生の現実を描いている作品だと言えます。
それはつまり、主人公のさおりが本当に演劇にしたかったもの(=「肖像画」)の答えとも一致するわけですね。

『幕が上がる』はたぶん、そういう話なんだと思います。

トップアイドルの現実

映画の外の世界の話にしても、この構図は続きます。
この映画を主演しているトップアイドルたちは無限の可能性を秘めているからです。彼女たちのリアルでさえ、劇中劇が描くそれと一致しているわけです。
これは所謂アイドルの可愛さを鑑賞するための映画ではなくて、アイドルの成長を同時進行で見届けられることに感動する映画なのだと思います。