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7じこ(@epytoerets)がTwitterをやめる理由

おれはしょうきにもどった。結局のところTwitterなんて本当に本っっ当にくだらない。なぜいままで気付かなかったのか不思議なくらいだ。

理由1. 馬鹿みたいに時間を浪費する

結局はこの一言に尽きる。

自分はTwitterのようなサービスを使うことに最も向いていない人種の一人だ。かつ、そういう人種は最もTwitter中毒になりやすい。本当に馬鹿な話だと思う。タイムラインを眺める時間や、自分がツイートをすることに割く時間だけではない。四六時中、頭のどこかでTwitterのことを考えている。

美しい夕日を眺める。その風景に感動していれば良いのに、すぐ次の瞬間には「この時間、この場所から美しい夕日が見えることを急いでツイートしなければ。この夕日が沈む前に!」と考えている。夕日を観に来たのか、夕日を観ていることをツイートしに来たのか、自分でも分からなくなっている。

デートに行く。料理が出てくると、彼女は美味しそうだねと言って喜んでいるが、すぐには料理に手を付けない。自分が写真を撮ってツイートしたがっていることを知っているからだ。デートの時でさえ、自分は頭の中の何割かをTwitterに使ってしまっている。彼女は口には出さないが、嫌がっていることだろう。先日とうとう、早く食べたいから撮るなら早くしてね、と言われてしまった。そして自分は思った。こんな馬鹿なことはもうやめよう。

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理由2. ブログを更新しなくなる

なぜ5年前にこのブログを始めたか。それは「日常を記録したい」と思ったからだ。

Twitterは手軽すぎて危険だ。自分のような人間に「おはよう」から「おやすみ」までをツイートせずにいられなくさせる魔力がある。そうしていると、あたかも自分がブログに求めた機能をTwitterが代替しているかのような錯覚に陥ってしまう。しかし実際のところ、所詮140文字の列挙では記号程度の記録としてしか役割を果たさない。結果として全く機能代替しないにもかかわらず、ブログも日記としての機能を失ってゆく。

画面に並ぶツイートは、後から見返してみると非常に煩雑で醜悪だ。こんな汚いものは自分が理想とした日常の記録ではない。

理由3. ネタが垂れ流しになる

Twitter中毒になってくると、何かを考える傍からそれらを全てツイートするようになる。しかし人間というのはもっと自分の考えていることを頭の中にある程度とどめておいて、熟成させなければならない。薄っぺらな内容のツイートだけが量産される体たらくは浅はかとしか言いようがない。

このことは自分自身、過去に何度も危惧しており、ブログってある程度の鬱憤というか、激情というか、そういうのが溜まった時に更新する日常的にTwitterであれこれ書いている所為で日記を書く頻度が落ちてしまうといったことを書いている。

理由4. サービスを使い分けるのが面倒である

同じようなサービスを複数使っていると、自然に「どう使い分けるか」みたいなことを考える。それでまた時間が浪費される。本当に馬鹿らしいことだと思う。
人によってはTwitterだけでもアカウントを何個も持っていて使い分けたりしている。そういう人を批難するつもりは一切ないし、寧ろ器用なことができて素直に尊敬さえする。自分にはそれが出来ないし、やろうとしてもややこしくなって余計に時間の無駄である。

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今回、Twitterと同時にmixiの利用も停止した。

理由5. Twitterなんかやってると遅かれ早かれ炎上する

自分は、くだらん火種を作るタイプの人間である。

関連:b:id:epytoerets:t:炎上
明日は我が身である可能性が少なからずあることを忘れてはならない。

理由6. 「Twitterにも書きましたが」

本ブログのエントリーの出だしに「Twitterにも書いたんですけど」と書くことが増えた。
つまりネタの再利用が目立って来た。

この傾向は歓迎すべきではない。以前「また後でメーリスします」という言うのをやめようと提唱した事があるが、それと同じ理由だ。

理由7. 「嫌なら読むな」の意味を勘違いしている馬鹿が増えて来た

Twitterはフォローというシステムで成り立っているので、情報を発信することも、情報を受信することも、全てが能動的に行なわれているということになっている。その建前を拠り所にしているのだろうが、近ごろ「嫌なら読むな」という風潮が爆発的に広まっている。

確かに一理ある。世の中は本来、嫌なもの/役に立たないもので溢れ返っている。わざわざ不快なものを読みに行って勝手に気分を害す人が悪い。しかし、この意味を勘違いして「何をツイートしても許される」と思っているユーザが増えて来た。

webサービスの価値は、それを利用するユーザの程度によって決定される。もはやTwitterの価値は最低レベルだ。

おわりに

Twitterは利用者数の肥大化に伴う匿名性の増大により、もはや情報ソースとしての価値は2ちゃんねるレベルのゴミだ。情報ハブとしての価値が多少残っているが、これもノイズが多過ぎて既に最低レベルである。

持論だが、webサービスの最も上手な使い方はライトユーザに留まることである。
不器用な自分はそれが出来ないからTwitterをやめるのだ。
これを読んでいるTwitterユーザの皆さんには是非このことを忘れないで欲しい。