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音楽に「価値」はあるか。

最初に結論から。

  • 音楽に価値がなくなったのではない。
  • 音楽に価格はほとんど付かなくなった。

音楽の「価格」の話

お金を出してCDを買う人はまだたくさんいる。しかしあれは「CD」を買っているというより「“CDを買った”という事実」を買っていると言っても過言ではない。もっと言えば、CDを買う人の大半は別に中身の音楽を目的にして買っているわけじゃない。
だって中身の音楽なんて(違法とか云々は別にして)どうせ聴けちゃうんだから。流行の音楽なんて、街中を歩けば幾らでも耳に入って来るのだから。

ほとんど「ファンなら買っとけ」の心理。
あとはオマケ(例えば某アイドルの握手権みたいな?)がないとCDなんか買わない、って人間が大半になってしまった。嘆かわしいことだが、もはやCDの方がオマケなのだ。音楽の方がオマケなのだ。

しかし、音楽に価値がなくなったわけではない。自分は音楽をやる人間だから本当に、これだけは声を大にして主張しなければ、と思う。自分のやってる音楽に価格を付けてもらうつもりはないし、実際価格なんか付くものじゃないけど、価値がないなんて言わせてたまるものか、とは思う。
じゃあ何が音楽の「価値」なのか。

音楽の「価値」の話。

人それぞれに形があるだろうが、ひとつ例を挙げる。
クラシック音楽の演奏会って、結構聴きながら寝てる人がいる。寧ろ演奏会なんかでは、自分たちの演奏をBGMに昼寝しにきてるようなお爺様とかいるのだけど、ああいうのこそ実は音楽の本質的な部分じゃないだろうか。
その音楽が支配する空間に身を委ねにきているわけである。もちろん、自分たちの演奏を聴いて涙を流してくれる人も同様だ。

音楽ってなんだろうか。
CDの話に戻るが、これを「録音」という観点から考えてみると面白い。

世界で初めて録音された音楽はブラームスのピアノソナタ(蓄音機を発明したエジソンがブラームスに依頼して録音実験をした)らしい。つまりそれまでは音楽を録音する方法なんてなかった。そもそもそんな発想すらなかったわけだから。ベートーヴェンはCDを出す為に第九を作曲したわけじゃない。

録音される意図で創り出されたわけではないものを、録音して、普及させて、音楽だ音楽だと言って有り難がっている。ひとつの形ではあるが、果たしてこれは「本物」だろうか。甚だ疑問である。
そんなわけで、実は自分たちは本来の音楽家たちが意図していたこととは途方もなく違うことをやってしまっているのではないか、と思うわけです。