百尺竿頭

現役時代、最後の学指揮合奏を終えて、自分はこんなことを日記に書いている。

感傷に浸ることはエゴでしかないけど、こういう回想ができることは、それはそれで財産というか、ひとつの拠り所としての形となっているように思う。

またひとつ最高の合宿を終えた。去年の自分が「必死でした。無我夢中でした。」と表現した1年半の歳月が、たったの3日間で、ほとんど全て湧いてきて、駆け抜けていった。

スコアを読みながら、タクトを振りながら、全ての小節、全ての音符に宿る記憶が甦った。苦楽を共にした友人たちと、歳月を超えて同じ曲に「再会」し、もう一度演奏する喜びに身体が震えるのを感じた。かつて巨匠たちの遺した楽譜を読むことで、かつて自分たちの奏でた音楽を再発見することができた。

そしてこの「再会」は、しかし、単なる過去の演奏の再生ではないことも大きな喜びである。第九のフルート、イタ奇のオーボエ、チャイ5のトロンボーン、などなどの要所を、今年の新入生たちが吹いている。それらが新鮮であるというだけでなく、本当に月日は流れてしまったんだと再認識させてくれた。あの頃の自分たちがそうであったように、いまの自分たちもまた、いましか創り得ない音楽を演奏している。

多忙すぎる日程の中で、ほぼ初見のまま数々の難曲を弾きこなしてくれた後輩たちには感謝に堪えない。特に1年生のみんなには素直にブラボーの言葉を贈りたい。

なんだかまとめに入ってしまったが、卒演はまだ終わっていない。自分で言うのは烏滸がましいが、百尺竿頭に一歩を進みたい、いまはそんな心積もりである。